ものづくりとカネ

京都に行ってました。


仕事の前日から3日間滞在しまして、チャリンコで建仁寺、相国寺、妙心寺と禅寺フィーバー巡り、つけ麺「二条高倉」、下鴨の和菓子や「ふたば」、天一総本店・・が木曜日定休日だったので銀閣寺店へ行ったり、取材したNTTの研究員とスタッフで河原町のRound1へ行き、メダルゲームで700枚ストックするわ(研究員さんにプレゼント)、ノーオープンの221を出しちゃったり(ゲーム代タダ!)となんだかワイワイやってました。


すごい楽しかった。凄い楽しかったんだけど、一件だけもどかしいまま終わらせたくないものがありました。

京都で有名なカバンブランドの一澤帆布の件です。

チャリンコで知恩寺を拝みつつお店に行ったら、にゃんと閉店してたんです。ただ「しばらく休業します」と張り紙が貼らているだけ。

頭の中で???が巡り巡るわけだが、数年前から三男が喧嘩別れたかなんかをして別ブランド「一澤信三郎帆布」を一澤帆布のすぐ近所に立ち上げていたのを知っていたのでとりあえずそこに行く。

それがまた隣の隣だったわけで・・・

こっちは普通に営業していて客もわんさかおる。

でもね、はじめてお目にかかったんだけど、一澤帆布と比べてなーんかデザイン的に魅かなかった。大量生産的な臭いを感じちゃって、すぐに出ようとしたら相方が店員に

「どうして一澤帆布は閉まっているんですか?」

と聞いているではないか!

えええええええ、絶対そこ触れちゃいけないところでしょ、ってのをズバッと聞いたので(笑)最初ビックリしたが、まあ慣れていたんだろう、店員はそんなに困ることはなく「去年の夏ごろから休業をしています」と、政治家のコメントのように当たり障りなく返答していた。
その晩、真相を知りたくサーフィンしまくって調べました。
個人ブログを中心に調べてたんだけど、やっぱり手っ取り早いのはこちら(笑)




現時点で一澤帆布の歴史やデザインは、今回の相続の混乱によって起こった家の人のそれぞれの私欲や意地によって、最終的に三男のブランドが台頭したことによって、変化が起きたってことだ。


多分、

一澤帆布、伝統のデザインが普遍的で続くべき意匠だと三男も根本では感じているはずだと、自分は思ってる。

しかし今回の騒動によって三男も自分が歩んだ道を元に戻しきれない意地や価値が確立してしまった故の休業状態に至っているんじゃないかなあ。

ということで自分は「一澤信三郎帆布」のデザインは、信三郎が本当に求めているデザインだと思っていない。

「元に戻れなくなった」コト自体は責めることはできない。当事者が背負ってきたやりとりやプレッシャーは、他人がいくら追っかけても全て理解することは難儀。
だから昔の一澤帆布の商品を望む人は、もう願うしかないよね。
色々あったけど、この騒動を背にして、一澤の商品を愛す人がまだいることを背負って今に関しては、信三郎さんに乗り切って欲しいと願っております。

参考サイト

http://ja.wikipedia.org/wiki/一澤帆布工業

http://blogs.yahoo.co.jp/spportichisawahanpulabors/folder/175406.html

http://blog.goo.ne.jp/gakuzukimama/e/1ff139bcfc8e5f4378bca743e2f21e2d

http://profile.allabout.co.jp/ask/column_detail.php/54417